『 わたしの・赤い靴 ― (1) ― 』
― 少女は幸せだったに違いない。
だってずっとずっと 踊り続けていられたのだから。
「 お疲れさま 〜〜 」
「 ありがとうございました。 」
優雅なレヴェランスと拍手とともに 朝のクラスは終わった。
「 はあ〜〜〜 やっぱキッツぅ〜〜〜 」
「 いたたた・・・ ああ やっぱ新品なんか履くもんじゃない〜〜 」
「 う〜〜 この稽古着 あっつ〜〜い!! 」
ざわざわ・・・ 今までの整然とした様子はどこへやら、ダンサーたちはてんでに
しゃべったり笑ったり急いで更衣室にむかったりし始めた。
「 ・・・ うわあ〜〜 このクツ、もうダメだわあ ・・・ あ〜あ 買いにゆかなくちゃあ 」
フランソワーズはポアントを脱いでため息をついている。
「 あ そろそろS・・でバーゲンやるんでない? 」
「 え そうなの? 場所しってる、みちよ 」
「 あ〜新宿だよ。 さぶな〜ど って地下街にあるんだ〜 アタシもタイツとか
買うから 一緒にゆこ。 」
「 わあ〜 ありがとう! バーゲンならわたしもタイツとかトウ・パッド、買いたいわ。」
「 これから大丈夫? 」
「 ええ 今日は教えのアシスタントもないから 」
「 じゃ とっとと着替えようよ 」
「 そうね。 あ ・・・ 先生、ありがとうございましたァ〜 」
カウンター・スペースで紫煙を燻らせていた初老の婦人に 二人はぺこりと頭をさげた。
「 はい お疲れさま〜 あ〜 ・・・ フランソワーズ。
あのねえ ・・・ ちょっと〜 頼みたいことがあるのよ。 」
「 はい マダム? なんでしょう 」
「 うん ・・・ あのねえ、創作なんだけど、舞台、お願いしたいのよ。 」
「 はい?? 」
「 私の友人のバレエスタジオなんだけどね、そこの公演でね 創作モノをやるの。
それで 真ん中を探しているのよ。 」
「 まんなか?? 」
「 主役ってこと・・・ 」
イマイチ話が見えないフランソワーズに みちよがこそっと囁いてくれた。
「 !? え〜〜 ?? 」
「 ゲストってことでお願いできる? 」
「 せ 先生! ゲストってもっと上手な先輩たち、いますよね?
Sさんとか A美さんとか ・・・ あ A子先輩も! 」
「 う〜〜〜ん ・・・ あなたが一番タイプなのよ。 」
「 タイプ?? 」
「 そ。 童話の『 赤い靴 』 知ってるでしょ? 古い映画もあったわ。 」
「 ・・・ カーレンという女の子の話 ですよね 」
「 そうそう そんな名前だったかもしれないわ。 あの話よ。 」
「 死ぬまで 踊り続ける女の子 ・・・ 」
「 うん、そう。 ちょっとこう〜〜〜 ほわ〜〜っと夢見るみたいな雰囲気が欲しいんだって。 」
「 あはは ・・・ フランソワーズ ぴったり〜〜 」
「 でしょ? ね やってくれる? 」
「 あの 先生。 そのスタジオのプリマさんはやらないのですか?
あ それとも他の作品で主役を踊るのかしら。 」
「 ぅ〜〜ん なんかね〜 そのプリマさんがダメになっちゃったらしいのよ 」
「 ダメに? あ ・・・ 怪我とか? 」
「 なんでもすこし前に事故に遭って ― ともかく芯を踊るひとが欲しいのですって。
白鳥ちゃん、あ そのバレエ団の主宰者なんだけど、ふる〜い友達なのよ〜
いい振りがついているのはわかるの。 あなた自身の勉強だと思って引き受けてくれない? 」
「 あのう〜〜 ほんとうにわたしでいいのですか? 」
「 これはきっと フランソワーズ、あなたにしかできないと思うわ。
パートナーはね コウイチくん・・・ ムッシュウ・森山公一 よ。
あなたは知らないかもしれないけれど、キャリアもテクも抜群だから安心よ。 」
「 ・・・ ハイ 先生。 わたしでよければ 」
「 まあ〜〜 引き受けてくれる? ありがとう〜〜〜
それじゃ 私の方から連絡して日程とか聞いておくわ。 あなたのNGの日とか教えて? 」
「 あ あの ・・・ 一応家族と相談してきていいですか? 」
「 ええ ええ 勿論。 リハーサルの時間とか希望はちゃんと伝えるわ。
あなた、お家遠いものね。 そのことも説明しておくわよ。 」
「 ありがとうございます 」
フランソワーズはぺこり、とアタマを下げた。
カチャ ・・・ ほわ〜〜〜ん ・・・ いい香の湯気がゆらゆら漂っている。
「 う〜〜ん ・・・ おいし〜〜〜〜♪ 」
「 でしょ? ここの紅茶はさあ〜 最高だよ〜〜 」
「 ん〜〜〜〜 ・・・・ ホント! ポットで飲めるのもいいわね。 」
「 そ。 たっぷり飲めるよね〜 ・・・ でもさ フランソワーズ。 大丈夫? 」
「 え なにが。 」
フランソワーズは ちょっとびっくりした顔で仲良しのみちよの顔を見つめた。
レッスンの帰り、バレエ・ショップでのバーゲンに寄り、その後二人は小さなカフェで
お茶タイムを楽しんでいた。
「 さっきの舞台の話。 引き受けてさ〜〜 」
「 え ・・・ あのぅ ・・・ 難しい役なのかしら 」
「 う〜〜ん ・・・? それはわからないけど ・・・ 森山氏ってさあ〜
いろいろ ・・・ あるみたいだよ? 」
みちよは声のトーンを落とし、彼女にしては珍しく歯切れが悪いしゃべり方だ。
「 いろいろ?? ・・・ ふ 不良なの?? 」
「 ふりょう?? なに それ? 」
「 あ ・・・ う〜〜ん? よくないヒトなの? 」
「 性格とかは知らないよ。 けどね〜〜 彼にとっては最高のパートナーは
その事故ったカノジョなんだって。 そんなこと、きいたよ 」
「 まあ カップルだったのね? 」
「 らしいよ〜〜 テクは抜群だけど なんかさ〜〜 楽しくない らしいよ。 」
「 たのしくない??? 」
「 ウン。 これはウワサだけどね〜〜 ま ちょっと覚悟してった方がいいかも よ? 」
「 ・・・ わ わかったわ。 ありがとう みちよ ・・・ 」
「 ま 踊るテクは最高だって、その点は安心していいみたいだよ。 」
「 そう ・・・ 」
香り立つカップからの湯気をフランソワーズはじ〜っと眺めていた。
「 〜〜〜〜 ごちそうさまでした。 」
ジョーは 満足のため息と一緒にちょっと手を合わせてから箸を置いた。
「 ジョー、お茶は麦茶がいい、それとも日本茶? 」
「 う〜〜ん ・・・ 日本茶、お願いします。」
「 はい わかったわ、今淹れるわね。 」
「 ありがとう〜〜 ああ ・・・ 美味しかったぁ〜〜 」
「 うふふ・・・ よかった♪ これね、午後中ず〜〜っと煮込んでいたの。 」
「 そっか〜〜 野菜も肉も食べるとほろほろ〜〜って感じでさ〜
ものすご〜く美味しかった! すごいな〜〜 フランの料理はさ 」
「 料理って・・・ただ煮てただけなの。 ほめるのだったら、八百屋さん自慢の
ジャガイモやら人参を、そしてお肉屋さんお勧めをどうぞ〜 」
「 いやあ〜〜 だってずっと煮込むってすごいよね〜〜
ああ ウチの晩御飯っても〜〜〜 最高さ。 〜〜〜〜 ん〜 お茶もウマい! 」
「 や〜だ そんなに褒めてもな〜んにもでませんよ?
・・・ はい デザート。 リンゴのコンポートよ。 」
「 うわ うわ うわ〜〜〜〜♪ ・・・・ ん〜〜〜〜 うま〜〜〜 」
ジョーは心底シアワセそうな顔で デザートを食べている。
「 ジョー、あのね。 ちょっと相談があるんだけど ・・・ 」
「 うん? なんだい。 ぼくでよかったら きくよ。 」
「 あの ね 今日、お稽古場でね ・・・ 」
フランソワーズはゆっくり話始めた。
「 ― それは きみにとってすごいチャンスなんじゃないかな。 」
「 チャンス ? 」
一通り聞き終えた後で ジョーはしばらく考えていたがぼそっと言った。
「 ウン。 先生からのご指名だし。 ぼく、バレエのことはよくわからないけど、
特別に公演にでるってことなんだよね? 」
「 ええ ・・・他所のバレエ団なんだけど ・・・ 」
「 それってチャンスだよ、絶対に。 頑張れよ。 」
「 そ そう? わたしに出来るかなあ〜って ・・・ 後から心配になってきて・・・」
「 やってみなくちゃ わかんないよ。 始める前に悩んでもな〜んにもならないよ。 だろ? 」
「 そうね。 」
「 誰だって < 開始前 > はさ、不安だよ。 」
「 そう ・・・ そうよね! 」
「 わ〜〜すごいじゃん! 頑張れ〜〜〜 フラン〜〜 」
「 ジョー ・・・ ありがとう。 うふ ・・・ なんかパワーが湧いてきたわ!
ジョーの笑顔がわたしに元気をくれたみたい 」
「 え? そ そう?? あ〜〜 でもさ〜〜 なにごともチャレンジさ!
せっかくのチャンスなんだもの、ダメ元ってくらいの気分でやってみなよ。 」
「 そうね! あは な〜んかわたし、すごく心配だったの。
上手く踊れるかな〜〜 とか パートナーの方と上手くゆくかな〜〜 とか ・・・
なんかね〜 少し事情があるみたいなの。 」
「 バレエのことは詳しくないからヘンなコト言うかもしれないけど ・・・
そのパートナー氏だって プロのダンサーなんだろ? 」
「 ええ キャリアは十分でテクニシャンで有名なダンサーですって。 」
「 それじゃ ― プロなら引き受けた < 仕事 > には全力を注ぐさ。
私情を挟んでどうこう・・・っていうのは プロの言うことじゃないだろ。 」
「 ええ。 あ わたしだってそうよねえ? これは 仕事。
わたしはわたしのベストを尽くす ― 」
「 そうさ それでこそ〜〜 我らが003♪ がんばれよ〜〜〜 」
「 メルシ〜〜〜 ジョー〜〜 」
ちゅ♪ 突然 柔らかくて暖かいモノがジョーの唇を掠めていった。
わお〜〜〜〜〜〜〜〜!!! ジョーの方が舞い上がってしまった・・・
「 ・・・ ジョー? あの ・・・ 大丈夫? 」
気がつけば 碧い瞳がじ〜〜〜っと覗き込んでいた。
「 !? う う うん ・・・ あは♪ 」
「 そう? よかった〜〜 急に黙っちゃうから ・・・ 気分悪い? 」
「 いや!!! 最高〜〜〜〜〜〜すぎて〜〜 」
「 ? 」
「 あ なんでもないよ、気にしないで〜〜 あ あの さ それで・・・
どんなバレエなのかな。 あ 聞いてもわかんないか〜〜 」
「 そんなことないわ。 あのね、童話が下敷きになっている創作バレエなのですって。
赤い靴 って知ってる? 」
「 『 赤い靴 』? ・・・ 横浜のおんなのこの話・・・じゃないよね? 」
「 ??? あの〜〜〜 アンデルセンの童話なの。 誰よりも上手に踊れる赤い靴を
履いて ・・・ 死ぬまで踊り続けなければならなくなった女の子の話なの。 」
「 あ ・・・ その話、読んだことあるかも ・・・ 」
「 知ってるでしょ? あの童話を元にした映画があって・・・ その中のバレエを
脚色したのですって。 」
「 ふうん ・・・ 死ぬまで踊る、か ・・・ 」
「 素敵な映画だったわ。 わたし、子供の頃見に行って夢中になったわ。 」
「 ふうん ? ( つたや で借りてくるぞ! ) 」
「 ありがとう ジョー。 わたし、頑張るわ! 」
「 フラン 〜〜〜 」
ほほをちょっと薄紅色にして 瞳をきらきらさせている彼女にジョーはまったく見とれてしまう。
「 ・・・ きみって人は ― ほっんと ・・・ ステキだあ〜〜 」
きゅ。 ジョーは夢中で彼女を抱きしめていた。
「 !?!? 」
「 あ! ご ごめん ・・・ 」
「 ・・・ うふ ・・・ 応援、ありがとう。 ・・・ ジョーがいてくれてよかった・・・」
「 え あ うは 〜〜〜〜 ・・・ 」
フランソワーズの笑顔は 完全にこの茶髪ボーイをノック・アウトした ・・・ らしい。
いかにも大時代な、というかかなり古めかしい音楽が流れる。
中央では 金髪の女性がひらりひらり ゆらりゆらり 踊っている。
「 〜〜〜〜 そうそう・・・ そんなカンジ・・・ ふんふん〜〜〜 いいわね〜〜〜 」
振付もした芸術監督サン、白鳥女史は ご満悦だ。
「 ふ〜〜ん ・・・ アナタの雰囲気〜〜 すごくいいわ! なんていうか〜〜
優雅で ちょっと古風で〜〜 そう そこで靴屋登場ね〜〜 」
「 ハイ。」
さっと男性ダンサーが登場するとするすると < 少女 > に近づく。
< 少女 > の手をとり、サポートするように そして 巧にリードするように ・・・
やがて だんだんと支配し、操り始める。
・・・ このヒト ・・・ 本当に上手だわ・・・!
けど ・・・ この冷たい眼差しは なに?
役づくり じゃあないわね。
すごいテクニシャンだけど ― 熱くなってないわ
そう ・・・ この冷ややかな目 は なんなの???
「 は〜〜い そこで掃けてね〜〜 ・・・ うん いいわ、二人とも!
フランソワーズさん、あなたにお願いして大正解だったわ! 」
「 リエコは ああいうふうにはおどらない 」
ぼそり、と森山が呟いた。
「 はい?? 」
ちょうど リフトからパートナーを降ろす時だったので、 独り言? ・・ いや
聞こえたのは フランソワーズだけだ。
「 お疲れ様でした。 」
彼は規定の時間がすぎるとさっさと帰っていった。
「 あ あのう〜〜〜 」
「 ああ お疲れさま〜〜〜 ホント、ありがとうね〜〜〜 うん いい作品になるわ〜〜」
このバレエ・スタジオの主宰者さんはもうご機嫌ちゃんである。
「 あの ・・・ 」
「 はい? ああ この調子で踊りこんでくれればもう最高よ!
脇やコールド、ウチの子達にも頑張ってもらないと〜〜 あ なにかしら。 」
「 あのう ・・・ ムッシュ・森山は ・・・ 」
「 ? コウイチ? あ〜 いいのよ、彼はちゃんとやってくれるから安心して。 」
「 あのう ・・・ もともとはこの作品の主役さんは ・・・ 」
「 あ ・・・ うん、これね〜 もっと前に上演するはずだったのよ。
そのころのウチのプリマがね ・・・ ちょっと事故で踊れなくなっちゃって・・・ 」
「 まあ ・・・ 」
「 それでお蔵入りになるところだったのよ。 でもどうしても上演したくてね〜〜
誰かいい人いないかしらって探していたの。 」
「 その方の回復をお待ちにはならないのですか。 あ 立ち入ったことを伺ってごめんなさい 」
「 いいわよ、べつに。 う〜ん 彼女ねえ、引退しちゃったのね。
リエコは いいダンサーだと思ってたんだけど ・・・・ 残念だったわ。 」
「 そう ・・・ なんですか ・・・ リエコさん ・・・ 」
「 コウイチも散々止めてたんだけどね。 指導者になるとか振付やるとか・・・いろいろ
道はあるでしょう? 」
「 ・・・ でも きっと ・・・ 踊っていたかったんですわ。 」
「 まあともかく フランソワーズ、あなたのお蔭でまたちがった魅力の作品になるわ。
すご〜〜く期待しているの、よろしくね〜〜 」
「 はい ・・・ 頑張ります。 あの 少し自習していってもかまいませんか? 」
「 ええ ええ どうぞ どうぞ。 夕方にジュニアクラスの子達がくるまで
このスタジオは空いていますからね。 あ 音も使ってね〜〜 」
「 ありがとうございます。 」
「 それじゃ 次回もよろしく〜〜 お疲れさまでした、ありがとう! 」
「 お疲れ様でした ・・・ 」
主宰者さんは上機嫌でリハーサルを終えていった。
・・・ 赤い靴 ・・・ か ・・・
あの映画を初めて見た時 ― わたし、まだポアントも履けない
チビちゃんだったわ
魅惑的で でも 怖くて眩しくて
ドキドキしっぱなしで ― 最後は泣いていたっけ・・・
フランソワーズは センターにでるとソロの部分を踊り始めた。
映画 『 赤い靴 』 は アンデルセン童話を下敷きにしており、劇中劇の形で、
童話『 赤い靴 』がバレエ作品として踊られる。
主役のカーレンが魔性の靴屋から < 赤い靴 > を貰い、ずっとずっと踊り続ける。
途中で新聞紙の人型と踊るシーンは現在見ても素晴らしい。
今回、フランソワーズが出演することになった作品は、この劇中劇の部分を再振付したものだった。
パートナーの森山氏は 魔性の靴屋 にもなり 彼女を操る悪魔 にもなり
恋人にもなり 終幕でフランソワーズ演じる赤い靴を履いた少女とパ・ド・ドゥ を踊る。
― そして ラスト、少女は悪魔に連れ去られてしまう。
これは本来のラストを変更している。
リエコはああいうふうには踊らない ― 不意に森山の声が蘇る。
「 ・・・ わたしは ・・・! わたしの <赤い靴> を踊るわ。 」
カツっ! 亜麻色の髪のダンサーは優雅に舞い続けるのだった。
「 ― ただいま帰りました ・・・ ふぅ ・・・ 」
玄関のドアを開け、ほっとすると同時に長いため息がもれてしまった。
「 お帰り〜〜 フラン〜〜 お疲れさま! 」
「 ジョー ・・・ ただいま。 あら 似合うわよ〜〜 」
ジョーは 彼女のいつものエプロンをつけたまま飛び出してきた。
「 え・・・ あ! ご ごめん〜〜 勝手に借りちゃって・・・ 」
「 あら いいのよ。 ふふふ よくお似合い♪ 」
「 え〜〜 ・・・ あ! 夕食、できてるよっ! すぐに味噌汁、温めなおすね。 」
「 まあ ありがとう! すご〜〜いわ〜〜 ジョー 」
「 えへ・・・ あんまし味に自信はないんだけど・・・熱々が救いかな〜 」
「 うれしい〜〜〜 すぐに手を洗ってくるわね。 」
「 ああ 焦らなくていいよ〜〜 」
照れ笑いしつつ 彼はでもちょっと得意げにハナをピクピクさせつつキッチンに消えた。
食卓に並んだ皿小鉢は すべてキレイに空っぽとなり、今は食洗器の中。
ジョーとフランソワーズはあつ〜〜〜い番茶の湯呑みを手に ほけ〜っとしている。
「 ・・・ あ〜〜〜 ・・・ なんか幸せすぎて蕩けそうよ、わたし ・・・」
フランソワーズの碧い瞳が とろ〜〜んとしている。
「 えへ な なんか〜〜 自分で思ってた以上の味 かも〜〜〜
」
「 ものすごく美味しかったわ〜〜〜 ・・・ ジョーってばお料理、上手ね! 」
「 あは・・・白状するとね〜 ぼく、このごった煮オムレツしか作れないんだ・・・
あ あと カレー と ラーメン ・・・ 」
「 え でもね すご〜〜く すごく美味しかったわ〜〜 ご馳走さまでした♪ 」
「 えへへ・・・ ふ〜〜〜 お茶 美味しいね〜〜 仕事、 どうだった? 」
「 ・・・ ん〜〜 まあまあ ・・・ かしら 」
「 まあまあ なら いいんでないの? 」
「 ・・・ ね! ジョー・・・ 聞いてくれる?? 」
コトン。 湯呑みを置くと彼女はとつとつ・・話し始めた。
「 ・・・ ふうん? その彼のもともとの相手役・・・っていうか
< 赤い靴 > の主役を踊るはずだった女性は彼のカノジョなのかな? 」
ジョーは フランソワーズの話が一段落するまで黙って聞いていたが ぼそり、と言った。
「 カノジョ? ・・・ これは聞いたハナシだけど・・・以前はそうだったらしいわ。 」
「 ・・・ 今は別れたのかな? かなりえこサン か・・・ 」
「 ジョー ・・・? 」
「 いや うん ・・・ ちょっと気になっただけさ。 事故って交通事故? 」
「 ですって。 事故で脚を傷めたって ・・・ 」
「 そっか・・・ あ そうだ そうだ! デザート、買ってきたんだ〜〜
くりきんとん〜〜 これってさ 和菓子みたいで美味しいんだ! ほら〜〜 どうぞ! 」
カチャ カチャ。 ジョーは少々危なっかしい手つきでトレイを運んできた。
「 まあ ・・・ モンブラン? 」
「 あ〜〜 ちょっと違うんだけど〜〜 お正月に食べるヤツでさ、もう売ってたから・・・
ぼく、この栗好きなんだ。 」
彼は はい、 と 小皿に盛ってテーブルに置いた。
「 カワイイ〜〜〜 この周りのは・・・栗のジャム? 」
「 あ〜〜 ジャムってか・・・ う〜ん??? まあ 食べてみて! 」
「 いただきまあす ・・・ ん〜〜〜 おいしい〜〜〜♪♪ 」
「 えへ ・・・気に入った? よかった〜〜 これでパワー充電して頑張りなよ! 」
「 ・・・ ジョー ありがとう! わたしはわたしのベストを尽くすだけよね 」
「 フラン ・・・ きみってひとはいつでも本当に前向きなんだね 」
「 え〜〜 そうでもないわよ? でもジョーが背中を押してくれるから ・・・
頑張るわ! 踊れるだけで幸せなんですもの ね 」
「 ・・・ きみ って ホントに ・・・ すごいなあ〜〜 」
きゅ。 彼の大きな手が 白い手を包む。
「 ・・・ ジョー ・・・ je t'aime ・・・ 」
「 フラン ・・・ ぼくも さ。 大好きだよ ・・・ 」
「 ・・・ ジョーがいてくれて よかった・・・! 」
「 きみがいるからぼくは頑張れるんだ。 ぼく、きみの < 縁の下の力持ち > に
なりたいんだ。 」
「 えんのした??? なあに それ ・・・ どういう意味なの? 」
「 あ ・・・ フランスには < 縁の下 > は ないか・・・
う〜〜ん ・・・ 力強いバックアップってことかな〜〜〜
裏方仕事ならまかせてよってこと。 」
「 まあ ・・・ ありがとう ジョー。 ああ わたし シアワセね・・・・
踊るわ! わたしの出来る限りの踊りを踊るわ! 見ていてね、ジョー 」
きらきら瞳を輝かせる彼女を ジョーは心から愛しい・・・と見つめていた。
翌日から ジョーは < 裏方仕事 > に活躍をし始めた。
その1 : 加奈理恵子嬢の交通事故について
「 そりゃドライバー側の過失だけど。歩行者側も不注意だったんだ。 示談になったしね。 」
その2 : 整形外科医の見解
「 日常動作や歩行に支障はないはず。 バレエ? ・・・さあ それは専門外なので
よくわかりませんが ・・・ 」
その3 : 理恵子嬢の友人たち
「 リエコとコウイチは私生活でもパートナーだったわ。 事故のあと?
さあ ・・・ リエコが引退してから会ってないからわからないわ。 」
その4 : 森山氏の友人たち
「 コウイチとリエコ? 事故のあと、別れたらしいけど・・ 詳しいことは知らないな〜 」
「 ふうん ・・・ 真相は本人たちだけが知るってことか。 当然だろうな〜
― けど。 なんだってソイツはフランに当たるんだ?? 」
ざっと事情を知ったジョーは 一人でぽっぽしていた。
「 う〜〜ん ・・・ 本人に直接聞くが一番だけど ・・・ 無理だよなあ〜
全然しらないヤツにそんなこと、べらべらしゃべる人間なんていないもんなあ 」
周囲のヒト達から得た情報からでは やはり真相、というか当事者のホンネはわからない。
「 よし! やっぱダメ元で当たってみるか!
あ そうだ ・・・ バイト先の編集部さんに相談してみよう 」
フランが最高の踊りをできるように ・・・ !
ぼくは ぼくのできる限りにサポートをするんだ。
ジョーは勇んでアルバイトをしている出版社に向かった。
彼はひょんなことから都心に近い小さな出版社の雑誌編集部でバイトをしている。
編集部とはいえ、全くの素人なので原稿取りとか片づけ、急ぎの配達などの雑用が主な仕事だが
最近ではカメラマン助手も務めるようになっていた。
「 おはよ〜〜 ございます〜〜〜 」
キィ ・・・ いまどき、手で開けるドアなのだが ― いつも少し重い。
朝の遅い編集部、彼はたいてい一番に出社し部室の片づけだの郵便物の仕分けやらに精を出す。
「 お〜〜 お早う 島ちゃ〜〜ん 」
誰もいないと思っていた部屋から ドスの聞いた声が返ってきた。
「 わ?? あ〜〜〜 アンドウさん ・・・びっくりしたぁ〜〜〜
あ 今日は早いですね〜〜 」
「 うみゅ〜〜〜 ちょいとね〜〜 詰まっててさ ・・・ たまには朝の時間を独占してみよう か〜〜って思って
激早出勤してみたってわけ 」
「 あ〜〜 そうですか そんならジャマしないように片づけしますから〜〜 」
「 いいって いいって。 勝手に早出しているんだから〜〜 島ちゃんはいつもの通りに
仕事してよ。 」
「 え いいんですか 」
「 いいもなにも・・・頼みます。 あ そうだ〜〜 カメラのコヅカさんに聞いたけど
島ちゃん なかなかいいよ〜〜って。 なんかキミの視点、スグレモノだよ〜〜って。 」
「 え〜〜〜 そうですかあ〜〜 あは 嬉しいなあ〜〜
ぼく いっつもコヅカさんの邪魔ばっかしてるみたいで・・・悪いな〜〜って 」
「 あは 大丈夫〜〜 コヅはねえ 本当に邪魔ならでっかい声で ジャマだ! って
言うからね〜〜 期待の新人助手さん♪ 」
「 う〜〜〜〜 が 頑張りまっす! えへへ・・・うれしいなあ〜
」
「 まあね〜〜 ワカモノよ 大いにシゴかれて一人前になるのだよ〜〜 」
「 はいっ ・・・ あ アンドウさん ・・・ あとでちょっと ・・・
お願いしたいことがあるですけど 〜〜 」
「 なに? 気になるから今 言ってくんないかな〜 」
「 それじゃ 手短に ・・・ ぼくの こ・・・いや友達にバレリーナの子がいて・・・」
「 お〜〜〜〜 島ちゃんのカノジョ〜〜〜? 」
「 あ ・・・ いや その〜〜 ぼく達はそんなんじゃ〜〜 ・・・ いえ あの!
そんな風になりたいな〜〜〜って思ってるんですけど! 」
「 うひひひ〜〜 いいコトやのう〜〜 それで? このおねいさんに
彼女をオトす方法でも聞きたいってか? 」
「 あ〜〜〜 そ そうじゃなくて・・・いや それはまた次の時に・・・
あの! その子がですね〜 仕事のことでいろいろ ・・・ 悩んでて・・ 」
「 仕事? 舞台のことかい。 」
「 ええ ぼく、芸術方面にはてんで疎いんで ・・・ 」
「 まあ 知ってるところまで話してごらんよ。 なにかチカラになれるかもしれないし 」
「 はい あの 〜〜 」
ジョーは勇んでフランソワーズの舞台の件を話した。
その日のリハーサルも淡々と進み、芯を踊る二人はミスもなく踊ってゆく。
やがて 音楽が静かに消え悪魔はカーレンを抱いて飛び去っていった・・・
「 ・・・ そう ねえ 〜〜 う〜〜〜ん ・・・ 二人ともテクニックは申し分ないわ。 」
「 ・・・・ 」
「 ・・・ はあ ・・・・ 」
ダンサー二人は ただただ息を鎮めるのに集中していた。
「 う〜ん ・・・ なんて言ったらいいかしら?
この二人はね ラストでは恋人同士なのよね。 たとえ悪魔と少女であっても よ。
悪魔はきっと赤い靴の少女に恋をしていたんだと思うのね〜〜 」
「 ・・・・・ 」
「 その雰囲気、欲しいのね。 そこんとこ二人で少し話あってみて? 」
「 ハイ・・・ 」
「 うん 他はねえ〜 いい! すごくいい! フランソワーズ、アナタはこの役のために
存在するダンサーだわあ〜〜〜 」
「 ・・・ はあ ・・・ 」
「 じゃ そこんとこ、ヨロシクね〜〜 コウイチ君、頼んだわよ〜〜 」
「 ・・・ はい。 」
それじゃあね〜 お疲れ様〜 と 白鳥女史は陽気に出ていった。
「 ― あの ・・・ 」
フランソワーズは 思い切って森山氏に面と向かって語りかけた。
「 なにですか。 」
「 あの! チガウところ、指摘してください。 わたし、直します。
」
「 ・・・ 君は合っている、正しい、と思って踊っているのだろ?
なら それでいいじゃないか。 」
「 ― リエコとはちがう、とおっしゃいましたわ。
わたしの踊りとりえこサンの踊り、どこがどう・・・違いますか? 」
「 フランソワーズ。 君は君の『 赤い靴 』 を踊りたまえ。
僕はきちんとサポートする。 それでいいだろう? 」
「 わたし ! この作品をよい舞台にしたいんです。 心の交流が必要だと思います。
だって ― 恋人同士 を踊るんですもの。 」
「 ・・・・・ 」
「 モリヤマさん、 貴方だって踊りを愛しているのでしょう? 」
「 愛 ・・・? 」
「 ええ。 ダンサーとして踊ることが好きでしょう? 」
「 ― 僕自身のことは関係ない。 」
「 ・・・ でも 」
「 これは君には関係がないから言う必要はない、と判断していたが ・・・
白鳥先生は 『 赤い靴 』 を りえことぼくのために降り付けた。 」
「 りえこさんのために ・・・? 」
「 そうだ。 きみはただ頼まれての客演だろう?
きみの役割をはたしてくれれば ― 振り通りに踊ってくれればそれでいい。 」
「 それじゃ わたし、イヤだわ。 」
「 なぜ そんなに ・・・ ヒトの事情に割り込んでくるんだ? 余計なことだと思わないのか? 」
「 思いません。 わたしはただ ― よい踊りを踊りたいの。 」
「 よい踊り? なぜ? 」
「 それは ― わたしも赤い靴を履いているから ・・・ ! 」
Last updated : 01,06,2015.
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********* 途中ですが
原作のあのハナシですが キャラは平ジョーと平フラン ですにゃ☆
フランちゃんは はっきり発言します♪